みんみんの気ままな勉強日記

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楽しい人生とはどんなものか

 昨年の流行語大賞に「インスタ映え」が選ばれたり、中高生の間ではカフェ勉が人気になっていたりします。私はお洒落な場所に行ったり、かわいい写真をネットにあげたりするということの目的というのは優越感に浸ることだと思います。人間という生き物は、何かの比較したときに、それよりも存在を高めていきたいという思いがどこかにあるのだと思います。他人よりも自分はいい環境にいたいとか今までの自分よりいい自分になっていたいと感じたいんです。つまり、人間というものは単純で今目の前にいる自分に酔いしれていたい生き物なのではないでしょうか。

 

 中学生ながら、日々生活している中で人間は何のために生きているのか・なぜ娯楽を求めるのかということを考えることがあります。皆さんは自分が何のために生きていて何のために勉強して何のために働いているのかを考えたことがありますか。別にただ生きていくだけなら、水と最低限の食べ物だけあれば生きていけますよね。それなのに、かわいらしいパフェを食べたり、おしゃれな洋服を買ったり、恋人と映画を見に行ったり、もっと言えば恋人を作ったり…言ってみればこんなことは絶対必要なものではないということです。。なくても理論上は生きていくことができます。ですが、本当にこれらは必要のないことなのでしょうか。娯楽がなければ、生きていくことは難しいと思います。先ほどの事と矛盾しますが、先述したのは動物としての生。今お話ししたのは、人間としての生です。生きていくことに楽しみを見いだせないため、娯楽というものがなければ、人間として生きていくのは困難です。よくつまらないことを「他愛もない」なんて言いますが、この言葉はずいぶんと的を射た言葉だと思います。直訳すると、他からの愛がないということですよね。他からの愛がないと、つまらない。逆に言えば、他からの愛があればつまらない人生ではなくなるわけです。まあ別に他からではなく、自分から愛されることも人生には重要だと思います。結局、自分の事を一番理解しているのは自分だから一番好きなのも自分なんだと思います。自分を愛するためには自分にとってよりよい自分になる必要があります。他人からの印象をよくするために、頭をよくする、整形して、顔に魅力を持たせる。これらの結果、印象が変わるので今までよりもいい自分になれた気がする。そのように感じることにより、自分が誇らしく感じる。誇らしいということはそれを気に入っているということですよね。しかし、「気がしている」だけで、本質的にはあまり変化していません。外見(ここでいう外見というのは顔という意味ではなく、他の人・自分が感じる自分の印象という意味です)だけのために、人間という存在は娯楽を求めていくのです。ネットで調べてみると、娯楽は「仕事や勉学の余暇にする遊びや楽しみ。」と書かれていました。まあ、中には仕事や勉学が楽しみになっている人もいますけれど…。(まだ私はその域には達していなさそうです笑)よく自分磨きといいますが、まさにその通りですよね。自分をよりよくしていくために自分を磨いて輝きを出していくんです。おいしいものを食べる・きれいな場所に行く・教養を深める…これらは自分を輝かせいく・自分の事を好きになるための手段なんだと思います。 

 

 私自身、中学受験を経験していますが、質のいい授業を受けたいとか高校生と同じ空間で生活したいという目的の前に受験をしている自分という存在を作り、合格して周囲より上の立場に立ちたいという、小学生にしてはせこすぎるような考えがあったような気がします。この場合、ほかの人とは違う環境にいる自分が好きなんだと思います。受験をしている人がこんな人ばかりではないと思いますが、私だけではないと思います。(ですよね…?笑)いざ入ってみたら、当たり前ですが、全員が受験をして入ってきた人。この人、自分の事が好きそうだなという人もいれば、本気で勉強が好きなんだろうなという人もいます。(先ほどの話からすれば、勉強が一種の娯楽になっているのかもしれません)

 

 人間の本心は欲。欲。今まで長々と書いてきたことは承認欲求と呼ばれているそうですが、承認欲求は誰しもが持っているものだと思います。欲望にまみれた人や逆に何も欲を持たない人よりも自分の欲とうまく付き合っていく人こそ、輝きがあり、自分が好きになれる人間になっていけるのではないでしょうか。

 

 突然、まとまりのない文章をすいませんでした。ふと感じたことを書いてみました。

ここまで拙い文章を読んでいただきありがとうございました。

 

 

(2019 1.6 更新)

(2019 2.2 更新)

(2019 2.20 更新)